今回は「なぜ継続が難しいのか」を、私自身の体験をもとに考えていきたいと思います。
自分の目標に向けて努力を重ねていくと、少しずつ自信がついてきて、
自分の人生が少しずつ変わっていく感覚になります。
人生を道に例えるなら、霧がかかって前がよく見えない状態で歩いているようなものです。
努力を重ねて歩み続けるとその霧が少しずつ晴れていきます。するとようやく前方に景色が見え始めます。
少しずつ、少しずつ進むうちに、明るい風景が見えてきます。
そしてやがて目の前には山の麓が現れるのです。
私たちはその山が高く険しい山と知っていますから、上を見ずに足元だけを見ながら登っていくのですが、
どうしてもつらくなってついつい顔を上げてしまいます。
すると、そこにはとても登れそうにないほど大きな山がそびえているのです。
その大きさに驚き、絶望し、歩くのをやめてしまいます。
引き返そうと後ろを振り返ると、そこには暗闇が待ち構えています。
その暗闇には、苦い思い出や後悔が潜んでいて、
戻りたくても戻れない。
かといって、その山を登りきれる気もしない。
だから立ち止まってしまうのです。
今の私は、まさに立ち止まりかけている状態です。
AdSenseの審査に落ち、足りない部分を改善しようとしています。
システム的なことや追加作業は、やればいいだけなので単純です。
しかし、本当に難しいのはそこからです。
魅力的かどうか、人々の共感を得られるか、このブログに価値があるのか。
そういった漠然とした改善点に、明確な答えはありません。
「これが正しい」と思ってやったことが、
必ずしも評価されるとは限らない。
だから、自分が進んでいる方向が合っているのかどうか、
分からなくなってしまいます。
継続が難しいのは、この「正解のない努力」を続けなければならないからだと思います。
数字や設定のように“明確なゴール”があれば、そこに向かって動けます。
でも、「人の心に届くかどうか」は、努力しても保証されません。
どれだけ時間をかけても、成果が見えないままのこともあります。
その曖昧さが、心をすり減らしていく。
それでも、何もしなければ何も変わらない。
だから一歩ずつ進まなければと、自分に言い聞かせています。
よりポジティブに、自分を騙すように。
「努力は必ず実るのではない。実るまで努力するのだ」――そう言われます。
でも、その過程は本当に苦しい。
いつ実るのか、そもそも実るのかすら分からない中で、もがき続ける。
そうできる方は多くないと思います。
それでも、それしか方法が思いつかない。
だから、今の自分にできることをやってみようと思います。
「すがる」に似た感覚で。

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